心と身体、生き方の総合気療 東京都荒川区の気功治療院です。
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| mail: info@ichigiryu.com 更新日 h24.4.28 履歴... | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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・日本の気功家たち
病気/症状 所見
不定愁訴 疲労感/慢性疲労 眼精疲労 癌(ガン) 自律神経失調症 右半身/左半身に偏る症状 女性更年期障害 男性更年期障害 生活習慣病 肝臓病 膀胱炎 頻尿 発熱 嘔吐/吐き気 風邪、インフルエンザ 不眠症 味覚障害 アトピー性皮膚炎 花粉症 皮膚病 白斑 冷え性 女性不妊症 生理痛 子宮内膜症 子宮筋腫 高血圧 低血圧 低体温 下痢 ワキガ 膠原病、自己免疫性疾患 パーキンソン病 腰痛 顔の歪み 足首捻挫 肩こり 四十肩/五十肩 骨盤矯正 O脚 足の長さの違い 痩身/ダイエット スポーツ障害 テニス肘 鬱病 鬱病の後、本調子に戻らない 躁うつ病 パニック障害、パニック発作 不安感 対人恐怖症 無気力 現実感の喪失
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自然治癒力と現代医学・ 現代医療の得手・不得手 西洋医学を中心にした現代医療の大きな進歩と発展、その英知の積み重ねは、素晴らしいものがあります。私たちは現代医療のおかげで、命に関わるような感染症の恐怖に怯えずに済んでいます。脳溢血や心筋梗塞といった突然命を奪うような病気で倒れた時にも、復帰のチャンスを得られます。糖尿病やバゼドー病のように、完治は難しい病気でも、薬で進行や症状を抑えながら折り合いをつけていく生き方が開かれました。出産は、母子共により安全となりました。当り前の日常生活でも、発熱や痛みといった辛い症状を和らげられます。 しかしその一方で、現代医療は万能では有り得ません。遺伝子までが解析されるようになり、現代医療は人体のほぼ全てを解明したかのように見えます。ですが人間の身体はあまりに複雑で、到底その全貌を解き明かしたというレベルではありません。未だ研究対象となる多くの課題が山積みですし、物質として検知できない部分については、放置せざるを得ないのです。例えば気という目に見えないエネルギーという概念も、医療従事者の殆どが、完全に否定をするか懐疑的な立場です。この気という概念があって初めて明らかになる病気や症状のメカニズムについては、原因不明のままです。肉体と精神を結ぶものは、気であり、目に見えない部分です。この領域に踏み込まない限り、精神医療と肉体への医療は、極わずかな架け橋で繋がる頼りない連携に留まらざるを得ません。目に見えるものだけを扱う分野であるがために、現代医療は、人間を統合的に捉える視座に大きく欠けます。結果として、表面的な症状は抑えられても、一人の人間をより健康な状態に導いていく事は苦手なのです。 ・ 対症療法への偏り
対症療法には、適切な用い方があります。例えば、風邪薬は風邪を治すのではなく、風邪の症状を和らげるものです。風邪の症状は病気を治すためのものですから、風邪薬によって治癒自体は遅れる傾向が出ます。またその薬自体、身体にとっては異物であり毒にもなりますから、肝臓などに負担がかかります。ですから早く風邪を治そうと思って、風邪薬を飲むのは好ましくありません。大切な仕事や試験など、何らかの事情で症状を抑える必要がある時に、治癒を遅らせるのと引き換えに飲むのが正解です。また症状の出方があまりに激しい時に、その弊害を予防する意味での服用もあり得ます。対症療法を選択する時には、その症状を抑える意味を考えるべきです。しかし残念ながら、現代医療の現場では、あまりに安易に意味もなく対症療法が選択されています。例えば、頼んでもいない痛み止めの薬が出され、朝と晩に一錠飲むと指示された経験はありませんか? 消炎鎮痛剤は、痛みだけを止める便利な薬ではありません。血流を悪くさせて痛みを感じなくさせる薬ですから、その副作用が必ずあります。血流を阻害するのが主な作用ですから、これは当然、身体には毒になります。その毒になる側面について、残念ながら、何も説明をしない医師が殆どです。血流を悪くするのと引き換えに、痛みを止めるか否かを決める権利は、患者側にあります。その中身を教えず選択の余地をなくし、とりあえず対症療法を疑いもなくしなさいと指示されるのです。風邪や腹痛、その他の症状であっても、多くの場合、症状を抑える薬が投与、もしくは手渡されます。症状を抑えるデメリットとリスクについて、充分に考慮されているとも、説明がされているとも評価は出来ません。これが本当に適切な対症療法の用い方であるかには、大いに疑問です。その弊害が表面化した事例が、O157に対しての下痢止めの処方ではないでしょうか。1996年に社会問題になった時にも、重篤化された方、死亡された方の多くが、下痢止めを使用していました。下痢は体内毒素、この場合には主にベロ毒素を排出させる機能を止めてしまっていたのです。SARSの事例も典型的です。近年SARSが流行し、多くの死亡者を出しました。ところがアメリカではSARSによる死亡者は確認されませんでした。何か特別な医療を行ったのでしょうか? いえ違います。アメリカでは点滴と酸素吸入といった支持療法を行い、熱を下げる措置は行っていなかったのです。つまり防衛反応である発熱を邪魔しない事で、結果として死亡者が出なかったと評価できます。
こうした身体が良くなっていくための症状を薬で止めてしまえば、弊害が出て当り前です。ご紹介したO157とSARSの事例は、死亡者や重篤者が出て、以後は医療現場でも適切な措置が取られるようになってきています。しかしこうした問題が表面化していない病気や症状については、引き続き症状を止める対症療法が安易に行われています。確かに解熱剤で亡くなる方は、特別な事情でない限りは、殆ど考えられません。咳や下痢、痛みを止めても、同様です。ではその場での死亡や重篤化のリスクがなければ、対症療法は正しいのでしょうか? 身体を守るための症状を止めてしまうのは、身体が健康になろうとする働きを阻害するものです。少しの薬くらいでは、通常、人間は倒れません。けれどそれを病気や症状が出る度に続けていれば、やがては身体に深刻な損害が出てしまうかもしれません。目の前での明確なリスクだけでなく、中長期的に人間の健康を考えた時には、また違う結論と選択になるのではないかと思います。 私自身の経験では、こんな事がありました。20代前半の頃、右半身が軽く痺れる症状が出ました。近所の総合病院、内科にかかった時の話です。問診の中で、首の付け根のコリが神経を圧迫しているのではないかという診断になりました。普通の感覚では、このコリを解消させる施術なり、日常生活の改善の指導なりがあって当然です。ですがこの現場で私に提案されたのは、痛み止めの薬でした。その痛み止めの薬がどのように作用し、症状を改善させるのかは、狙いは今となっては判りません。しかしコリという原因に対して、最初の選択肢として痛み止めの薬が出せる感覚が理解できません。その薬は一回は飲みましたが、あまりに眠くなって日常生活に支障が出るので、結局は飲み続けませんでした。自力で運動などでコリをケアしている内に、右半身の痺れは改善しました。 健康に不安がある時に、真っ先に頼るのは病院です。私も以前は決して例外ではなく、その内の一人でした。けれど殆ど多くの現場では、人間を健康にしようとは考えていません。現代医療の基準に照らし合わせて、問題がない事に焦点が当てられています。それが血圧やコレステロールなどの正常な数値であり、症状が出ていない状態です。しかし医師の中でも、発熱などについては、考え方が変化してきています。現代医療従事者にあって、対症療法に疑問を持つ方も少なくありません。 ・ 数字合わせの医療
高血圧と診断され、降圧剤が処方されたとします。この薬は身体が血圧を上げるシステムを阻害して、血圧を上げられないようにコントロールするものです。ですが多くの場合、そもそも血圧が高くなるのは、血圧を上げる必要性があるからです。例えば脂肪が血管に詰まるなどして、血管が細くなっている状態があるとします。血圧を上げて血流量を確保しなければ、組織に必要な栄養が供給できません。だから血圧を上げてカバーするのです。また身体が冷えて血流が悪くなっている時も、血圧を上げてカバーしようとします。人間の身体は複雑で、その中の事情は様々です。どんな時に身体は血圧を上げるのか、現代医療はその全てを明らかにはしていません。また解明されている範囲であっても、現場の医師の目が血圧の数値にしか向けられていなければ、単純に薬でコントロールする道が提案されてしまいます。最近ではセカンドオピニオンなどと言い、医師を疑う流れも出てきました。しかし殆どの人にとって、医師の言葉は絶対的な意味を持ちます。降圧剤の処方を提案されれば、それが本当に必要であるのか否かを判断する機会もなく、一生の付き合いを選択するしかありません。
コレステロールと聞くと、身体に悪いものというイメージが先行しないでしょうか? 数値が低ければ低いほど良いというような誤解は珍しくありません。また悪玉コレステロールとよく言いますが、善玉も悪玉も本来はありません。コレステロールは身体にとって重要な栄養素ですが、肝臓から細胞に運搬されるコレステロールが悪玉とされているのです。これは勿論細胞にとって必要なコレステロールが運ばれているので、悪玉扱いは不当です。確かにコレステロールが過剰になって血管が詰まるという現象は起こりますが、コレステロールという物質自体が悪というわけではありません。
少し目先を変えて、血中酸素濃度のお話をします。血中酸素濃度とは、安静時の動脈血液の中で酸素量がどの程度含まれているかを測定したものです。酸素飽和度が96〜98%であれば、理想的と評価されます。ですがこの血中酸素濃度という数値に頼り過ぎるのが、現代医療の大きな弱点の一つなのです。人間の身体は細胞の一つ一つが酸素が必要としています。酸素が行き届かなければ、その組織は活動できません。よく一般的にも、呼吸が浅い・深いと言いますが、実は呼吸の無自覚な浅さが身体機能の足を引っ張っているケースが多く見受けられます。ですがこの段階では、まず血中酸素濃度での異常値にはなりません。一般的な医療機関では、殆ど、この数値に表れない呼吸の浅さを問題にしていません。これを放置されているがために、多くの患者が、改善の足を止められてしまっています。 現代医療現場の不信感を呼ぶものとして、「カルテだけを見て、肝心な患者本人は殆ど見ない」という医師の態度があります。検査による数値だけで人間の健康状態が判断される事に、患者側も違和感を持っています。数値による判断であれば、基準が同じであれば、誰が行っても均一の結果になります。そこにあるのは、確かに身体の真実の一側面でしょう。けれど人間の健康状態が、数値だけで判断できると考えているとすれば、過信があります。体調不良を訴えていても、数値上の異常がなければ、殆どは「検査上の異常はない」「医学的には問題ない」で済まされてしまいます。検査技術が発達していなかった時代の、昔の医師は、顔色や歩き方などを見ただけで、大よそどこが悪いのかを判断できたと言います。数値には表れない身体の異常や不備については、やはり、人を見る姿勢が必要不可欠ではないかと思います。
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